第53回:アスロック弾庫火災 « 個人を本気にさせる研修ならイコア

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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第53回:アスロック弾庫火災

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、
以前に書いたものではなく、海上自衛隊退官後23年を経過してしまいましたが、
現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、
今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。
「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、
主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいります
のであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

***

アスロックとは、護衛艦に装備されている対潜水艦攻撃用の武器のことです。
Anti submarine rocketの略であり、米海軍ではアズロックと発音されていますが、
海上自衛隊ではアスロックとなぜか軽めの呼称になっていました。
先端に対潜水艦攻撃用の魚雷のついたロケットを護衛艦から発射して、
潜水艦の潜在海面上空まで飛行して着水前に魚雷を切り離しパラシュートで落下、
以後魚雷自らが捜索して潜水艦に命中させるものです。
私の乗っていた「はるゆき」にはアスロック発射用のランチャーがあり、
前部の甲板上に四角い箱型のものが載っていました。近年の新しい護衛艦では、
上甲板上にあるVLS(垂直発射装置)の発射筒は収められており、通常外からは
ハッチしか見えません。
昔は装填訓練用のダミーしかありませんでしたが、昭和60年代に入る前からだったと
記憶していますが、実弾が搭載されるようになっていました。
そのため、ゆき型以降の護衛艦にはアスロックランチャーのすぐ後にアスロックの弾薬庫
(通称「弾庫」と呼ばれている)が装備されており、そこに実弾が搭載されていました。
実弾というのは実際に炸薬が装備された実装魚雷がついているため、
信管を装着すればいつでも実戦に使えるものであり、日常の温度、湿度をはじめとした
管理にも非常に気を使うものでした。

ある日、私が艦外で会議があったものと記憶していますが、
「はるゆき」に戻ろうと岸壁を歩いていると、甲板上で大騒ぎになっているではないですか。
慌てて舷門まで走っていって、「どうした‥‥?」と聞くと、舷門の当直員が、
「アスロック弾庫が火災です」ときたではないですか。
護衛艦のみならず船で火災というのは最も困ったことです。
昨年8月に苫小牧沖でフェリーが火災になった事故を覚えておられる方も多いと思います。
ましてやアスロック弾庫やアスロックの実弾などは私が所掌する武器でもあり、
ここが火災とはただごとではありません。
しかし、私が弾庫に飛び込んだときにはすでに鎮火しているようであり、
焦げ臭いにおいと若干の煙が漂っていたくらいで、
特に被害といったものは感じられませんでした。
私が戻ったことを知った魚雷員長のK1曹が報告に来ました。
K1曹は、実力、仕事ぶりは申し分ないものの、
普段から何事にも口うるさいベテラン下士官ですが、
「実は‥‥、火災ではありませんが、大騒ぎになって申し訳ありません」
という殊勝な報告なのです。
私が初任3尉で「あきづき」通信士の頃から一緒にハンドボールをやっていた10年年長の
K1曹とは気心も知れた仲ではありましたが、「どうなってるんだ‥‥?」と問いかけてみると、
状況は次のようなものでした。

アスロック弾庫の前部には次発装填のための扉がついており、
その周りに冬季の寒冷地での凍結を防ぐため400Vを電源とする電熱線が装着されているのです。
理由は定かではなかったのですが、就役以来2年半、冬季寒冷地の行動をしたことのなかった
「はるゆき」では、私の着任前にも、その電熱線を試したことがなくこれまできてしまっていた
とのことでした。たまたま、そのことに思いが至ったK1曹が一度試しておかないと、
ということで、電源をONにしたのだそうでした。
ところが、いろいろと想定外のことがあるもので、なぜか、これも理由がわからないのですが、
造船所を出る間際に、その熱線の近傍にシリコン樹脂のようなものが部分的に塗布されており、
それが被膜のような形で電熱線を覆っていたのです。そのまま通電したものですから、
そのシリコン樹脂状のものが熱で燃えて煙を出してしまったようでした。
K1曹はそのシリコン樹脂が塗布されたことは覚えていたのですが、そのまま失念して
時間が経過してしまっていたようです。よくよく考えてみると、それを塗布しておいて
造船所にいる間に試験をする予定だったところが、何らかの事情で試験をしないまま、
就役の日を迎えてしまったということのようでした。
どのような経過であれ、自艦、それも自分の所掌するアスロック弾庫から、火災もどきの煙が
上がったのですから、周囲はもとより関係者一同大慌てといったところでした。

大きな事故には至らなかったものの、何の報告もなしに済ますことはできないため、
艦長から護衛隊司令、護衛隊群司令までの報告はしなくてはならず、
状況報告書の作成を水雷士に指示をして、「さて、次はどうしたものか‥‥」と考えていると、
隣にいた砲雷長H3佐が、「ところで、その煙に最初に気づいたのは誰だ‥‥?」

私:「うちのT3曹ですよ」

H3佐:「じゃ、その電源を落としたのは誰なんだ‥‥?」

私:「それもT3曹ですよ」

と言った途端に、私もH3佐が何を言いたいのかわかりました。

早速、状況報告書とともに、T3曹の危険事態未然防止の表彰のための上申書の作成に
とりかかりました。状況報告書と違って、部下の表彰の上申書には水雷士も力が入るようで、
その日のうちに状況報告も終わり、翌日には表彰の上申手続きも終わってしまいました。
結局、この事態に対する上級司令部からのお咎めは特になしで、
一同胸をなでおろしたところでした。

「大山鳴動して鼠一匹」という言葉がありますが、
ここは次のような言葉で締めくくりたいと思います。

「はるゆきアスロック弾庫火災にして、部下1名の表彰」

めでたし、めでたし‥‥、でした。

 

 

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