第61回:司令官の不安 « 個人を本気にさせる研修ならイコア

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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第61回:司令官の不安

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、
以前に書いたものではなく、海上自衛隊退官後24年を経過してしまいましたが、
現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、
今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。
「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、
主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいります
のであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

 それは、第57回「海の上は政治の延長(上)」で書いた、昭和54年の初夏に行われた護衛艦隊旗艦「あきづき」と米海軍第7艦隊旗艦の巡洋艦「オクラホマシティ」の日米協同訓練の際のことです。訓練は、両艦が呉に入港したところから始まるため、「あきづき」は、護衛艦隊司令官を乗せて横須賀を出港、呉のFバースに入港するところでした。私は「あきづき」で2年目、名鑑長K2佐指揮のもと船務士として勤務していた時のことです。Fバースは狭い水域にある浮き桟橋で、その日、「オクラホマシティ」はすでに左舷で横付けを終えており、その後方に「あきづき」が横付けをすることになっていました。艦長K2佐は、これまでにも述べてきたとおり、当時の艦長の中でも出色の名鑑長であり、艦長自身も操艦には自信を持っていました。その日も、「あきづき」は最後の入港針路にピタリと艦首を定めており、後はプロペラの回転を調整してスマートに「オクラホマシティ」の後方に横付けするところでした。艦長の伝令を務めている私は、水際立った艦長の操艦を見逃すまいと緊張していました。余談ですが、「あきづき」は蒸気タービンを主機関とする艦なので、現在のガスタービンやディーゼル艦にくらべて、号令をかけてから実際にプロペラが回りだすには、かなりの時間がかかり、艦長はそこを見越して号令をかけているわけです。

すべてが順調に進み、「右後進微速」という号令を伝えることで入港は終わるところでした。左右2軸のプロペラを持つ海上自衛隊の護衛艦では、通常後進で艦の行き脚を止める際には、横付けする反対側のプロペラを逆回転させて後進にすると、自然と艦尾が反対側に寄っていくため、行き脚が止まった時には、桟橋に平行にして横付けをすることができるのです。私自身、やや行き脚が大きいという感じはしましたが、艦長の号令のタイミングも絶妙であり、想定通りのタイミングで「両舷停止」そして「右後進微速」という号令がかかり、私は艦橋内にそれを正確に伝えました。風もないその時の状況においては、誰が見ても極めてスマートにピタリと横付けするものと感じていました。

しかし、その時です、予想外のことが起こったのです。艦橋で入港を見守っていた護衛艦隊司令官が、「艦長、行き脚が大きいぞ」と言われたのです。艦長は聞こえたのか、聞こえないのか、そのまま黙っていましたが、司令官はとうとう、「艦長、後進だ、後進だ」と大声で叫んだのです。右軸の後進の回転数がすでに所定回転になっているのを確認している私は、「右後進○○回転」と大声で報告し、そのままで良いことを理解してもらおうとしたのですが、さすがに、司令官の大きな声の指示を無視するわけにいかなかった艦長は、仕方なさそうに私の顔を見て、「両舷後進微速」と左のプロペラも後進にする号令をかけました。そのため、「あきづき」はピタリと横付けをするどころか、艦の長さの半分ほど手前で止まってしまったのです。「オクラホマシティ」はじめ、外から見ている人にはそんなことはわからないので、艦長が失敗をしたように見えることになったのです。洩船も使わずにピタリと横付けできたはずの「あきづき」が、艦の長さの半分手前で、それも斜めのまま止まってしまい、岸壁にとった舫い策を引いたり、洩船で艦尾を押したりしながら横付けを終えることとなりました。

司令官に「入港終わりました」という報告をして司令官が下に降りられるなり、艦長は極めて不機嫌な様子で艦橋を降りて行かれました。そんな艦長を見て、私も悔しい、残念という思いとともに何か感じることがあったと思うのですが、入港後の片付けもそこそこに士官室まで急いで降りたのを覚えています。私が士官室に入るなり、ソファーに腰を掛けていた艦長が、「船務士、きょうは司令官の操艦での入港だからな‥‥!」と不機嫌そうに言葉を発しました。

私も、「そうですね、まさに‥‥」と言ったのですが、私の顔を再度見た艦長はおもむろに、「船務士、座れ」と言われました。次にどんな言葉出てくるのかと不安に思いながら、おそるおそる私は艦長の前のソファーに腰をおろしたのですが、次に艦長の口から出た言葉に驚きました。

艦長:「だけどな、今日の入港は俺の失敗だよ‥‥」

私: 「でも、司令官があんなこと言われてしまったので‥‥、私は右の後進の回転数を見てましたから、あのままでピタリと横付けしたはずです」

艦長はそんな私の言葉を制して、

「それはそうだが、艦長として司令官を、というか、司令官であろうがなかろうが、乗艦している人に『危ない』という不安な気持ちを抱かせたのは確かだな‥‥。それは艦を動かす者として絶対にやってはいけないことだ」と言われたのです。

艦長以上に悔しい気持ちを抱いていた私は、「はあ‥‥」と生返事をしたままでしたが、あらためて考えてみると、「スマートで目先が利いて几帳面、負けじ魂これぞ船乗り」などという言葉の、「スマート」ということの本来の意味を教えられた気がしたものでした。

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