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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第44回:護衛艦隊司令官の言葉

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、以前に書いたもの
ではなく、海上自衛隊退官後22年を経過してしまいましたが、現在の私が思い
起こし感じていることを書かせていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、
などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤務雑感」という副題
も、あえてそのままとさせていただきます。むろん、艦隊勤務を本望として20年間
生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」が
ごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話
を進めたいと思っております。

●護衛艦隊司令官の言葉
話が私の駆け出しの頃にさかのぼりますが、私が護衛艦「あきづき」通信士兼甲板
士官として勤務していたのは、全くの駆け出しのときでした。1月末に着任以来9ヶ
月がたった10月中旬だったと思いますが‥‥。護衛艦「はるな」を旗艦とする3隻の
護衛艦が初めての派米訓練のためハワイに向けて出港するところでした。前にも書
いたと思いますが念のため、護衛艦「あきづき」は当時護衛艦隊旗艦として護衛艦
隊司令官座乗の艦でした。私の海上自衛隊での最後の配置は護衛艦隊司令部の
対潜幕僚です。その当時も「むらくも」という旗艦が指定されていましたが、検閲等
実動の訓練時以外は司令官も幕僚の方々も陸上に仮事務所があって、そこで日常
の業務が行われていました。しかし、当時は停泊中でも常時司令官、幕僚長をはじめ
各幕僚や通信、補給、経理事務担当の海曹士もすべて「あきづき」に乗っていました。
隷下部隊の初めての大規模な派米訓練でもあり、当時の護衛艦隊司令官S海将は、
洋上で見送ることとなりました。その際、通常であれば横須賀警備隊の大きな将官
艇を使用するところですが、司令官はなぜか「あきづき」搭載の小型の将官艇で行くと
言い出したのです。その将官艇のチャージ(艇指揮)は甲板仕官である私の役割で
した。そのため、事前に何日間も艇員を集めて訓練を重ね、操船についてはある程度
自信を持って臨めるようになりました。そして、当日になりましたが、あいにく天気は
曇り空です。シーリングは1000フィートもないくらいで、空一面黒い雲が覆っていま
す。将官艇を艦から離す頃には、ぽつぽつと小雨交じりにもなってきました。
しかし、私は、司令官に乗っていただく将官艇のチャージたるもの、雨着を着るのも
どうかと思い、そのまま制服で乗艇しました。艇員もあまり疑問にも感じなかったよう
で、全員何も言わずに雨着を着ようとせず出発しました。舷梯に将官艇を着けて司令
官を待つ間、多少天気に不安を持たなかったわけではありませんが、特に深刻に考え
てはいませんでした。予定時刻に護衛艦隊司令官が乗艇され、長浦港から吉倉港
沖に向けて将官艇は出発しました。小さな将官艇にとっては、静かな港の中でも
けっこう波高いものであり、時々しぶきがかかることもありました。当時海上自衛隊
最大の護衛艦であった「はるな」以下3隻の護衛艦が、木の葉のような小さな将官
艇に向かって敬礼してくるのですから、思えば滑稽なようでもありますが、その艇
(ふね)を自ら指揮しているということで、私の心の高揚感は非常に高かったことを
覚えています。
何ごともなくハワイに向かう各艦の出港を見送り、「あきづき」に帰ることとなりました。
この頃から雨足が少しずつ強まってきており、外で指揮する私にはかなり「まずい」
と思う状況になりました。司令官は、と見ると、副官が雨着を差し出したのを手で制
して、自分も私と同じ状態で立っております。副官が再度司令官に雨着を差し出すと、
ゆっくりそれを受け取り身につけられました。
「あきづき」に戻り、司令官は退艇されました。舷梯を上がりかけたところで、ふと私
のほうを振り向き、
「おい、甲板仕官、君は雨着を持っていないのか」と聞かれたのです。
質問にはすぐに答えなければなりません。
私は、「はい、この程度の雨で雨着を着るのは気力に欠けると思いました」と
答えました。
司令官は再度、「持ってきているのか‥‥」
私、「いいえ、持ってきておりません‥‥」
司令官「君は、その濡れた体で、この後何かあったら任務を最高の状態で果たせる
のか」「前にいる君の部下である艇員もずぶ濡れだぞ」
私は言葉もなく、ただ「はい……」と答えるのみでした。
「いつでも最善の状態で部下が働けるようにしておくのも指揮官の務めだ、ただ、
船を目的地まで運行することだけがチャージの仕事ではないだろう」
そう言って、笑顔をひとつ見せて舷梯を昇っていかれました。

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