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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第67回:けじめをつけろ(「真水管制」のこと)

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、
以前に書いたものではなく、海上自衛隊退官後25年を経過してしまいましたが、
現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、
今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。
「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、
主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいります
のであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

浅田次郎の小説「シェラザード」の中にこんな一節があります。

昭和20年4月、2300人の乗船客(帰国希望者)を乗せてシンガポールを出港した「弥勒丸」という船のある風景についての描写から始まるものです。

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麦缶(ばっかん)に握り飯を詰めて、司厨員が船内を走り回る。水の支給も彼らの仕事で、その係の若い司厨員は、一日じゅうヤカンを提げて「水、水」と声を出しながら、まるで駅弁売りのように歩き回っていたものです。

 彼らの姿を見ながら、人を生きさせるのは大変なことなのだと、しみじみ思ったものでした。そう-平和な時代には誰もが忘れてしまっていることですが、人はみな、誰かに食物を与えてもらい、水を与えられて生きているのですよ。それは対価の問題ではない。誰かに食物と水を与えられて、人は生きているのです。

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この一文を読んだときに、護衛艦で勤務してきた私でさえ、食物にも、水にも、さほど苦労をしないできてしまっていることをあらためて感じたものでした。もちろん水については、現代の護衛艦といえども、陸での生活に比べれば苦労はしています。私が最初に勤務した先代「あきづき」は蒸気タービンを主動力としているため、ボイラーからの高温高圧の蒸気を使えるため、水を造るのは比較的容易であったのですが、その後に勤務した艦の多くは、ディーゼルエンジンやガスタービンを主動力とするため、造水装置を起動させて水を造ることから、それは不自由なものでした。特に、「あきづき」の後に勤務した駆潜艇「おおとり」は400トン程度の小型艦であったため、造水装置はありませんでした。出港前に積み込んだ水だけが頼りで、長い航海になると1週間から10日間もシャワーを浴びることができないこともありました。

今回は、私が、「によど」という1500トン程度の小型護衛艦(DE)で勤務していた時のお話です。小型のディーゼル艦では出港すると、当たり前のように真水管制を行います。管制の方法にはいくつか種類がありますが、通常であれば、シャワー(風呂は沸かさずシャワーだけですが)は時間を決めてその間だけ出すようにしますが、洗面所等での少量の水はいつでも使えるようにしてあります。大湊地方隊支援のため宗谷海峡における監視行動を行なった際のことです。連続した行動が続くため真水管制のレベルを上げて、飲み水は別にして洗面所等での水の使用も決められた時間のみにしました。その際でも、艦長室や幹部の個室は当然出るようにしているのですが、真水を所管する機関長が、幹部の個室の水を止めたのです。私のそれまでの認識では、幹部の個室はいつでも出るようにしておくのが当たり前のことであったのですが、それが止まったのです。私は士官室で機関長に、「なぜ止めるんですか?」と聞きましたが、機関長はさしたる理由もなく「管制のレベルを上げたから幹部も我慢してほしい」と言います。再度詰め寄ると、「乗組員には公平に」というようなことを言いました。あらためて私が確認をすると、機関長自身の個室だけは出るようになっていました。私は昼食時に艦長のいる前で、この話を出しました。「なぜ、幹部の個室まで止めるのか」と‥‥。

いくつかの議論がありましたが、艦長のK2佐(第43回「板挟み状態」に出てきた方です)は、われわれの議論を聞き終えて次のように言われました。

艦長:「機関長、けじめをつけろ‥‥」

機関長:‥‥‥‥(「けじめ」って何??)

艦長:幹部には幹部の海曹士には海曹士の職分というものがある。上下関係とかではない、役割が異なるということだ。定められた時間の中で整斉と業務をこなす海曹士は一定の制限をしてもその中で水を使うことも飯を食うここともできる。幹部は常時即応していなければならないので、こうして士官室もあり、個室も与えられている。それを公平だの平等だのと混同してはならない。幹部の個室の水を止めるなど言語道断だ‥‥!

艦長は、「けじめをつけろ」と言われたのです。「けじめをつけろ」と。

さて、みなさんは、どうお感じになったでしょうか。昨今、何事も公平、平等であるべきなどということがまかり通っており、それが当然のことのように認識している向きもあると思われますが、そんな意識の持ち方が、組織で仕事をする上に弊害をなしていることがあるように私は感じています。

ただし、こと食事ということに関しては、海上自衛隊では上から下まで同じものをいただきます。もちろん、乗組員の食堂はアルミのプレートですが、士官室やCPO(先任海曹室)では普通のごはん茶碗、皿という形式の違いはありますが、食事のメニューはまったく同一です。私が護衛艦隊司令官の幕僚であったとき、司令官に随行して某艦の視察に行った際に、司令官用に特別の食事を用意した艦長に対して司令官U海将が激怒されたことがありました。そのときの司令官の言葉は次のようなものでした。

司令官:艦長‥‥、君の艦では私に食べさせられないようなものを乗組員に食べさせているんだな。私が何のためにこの艦に来たのか、君にはわからないのか‥‥?

艦長:‥‥???

司令官:練度とともに、乗組員の士気を感じとりに来ているのがわからんのか‥‥?

 

司令官の隣で同じ特別食を前にしてとまどっていた一幕僚の私にとっても重い言葉でした。

これは、反対の言い方ではあるものの、「によど」艦長の言われた「けじめ」と同じ意味であろうと私は感じたところでした。

 

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