第86回:部下を名前で呼ぶ « 個人を本気にさせる研修ならイコア

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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第86回:部下を名前で呼ぶ

※弊社のメルマガに以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、25年前に書いたものではなく、退職後29年を経過してしまいましたが、現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしております。前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

 他の方と話をする際には、誰でも相手の名前を呼びながら話をすると思います。しかし、「あなた」とか、「きみ」などと呼ばれることもあり、その際に違和感を覚えたことはないでしょうか。私がまだイコアで仕事をする前、リクルート(現RMS)で講師として仕事をしていたときの話です。後輩の講師の方と二人で20数名の受講生の方々を対象に研修を行っていました。4つのグループを2つずつに分けて担当しており、主要な解説を行う場面では交代で実施しました。今回のお話はその際のことです。もう一人の講師(仮にAさんとしておきます)の方が前に立って解説を行っている時のことです。前列にいる男性の受講生の方に、「〇〇くん…」「△△くん…」と呼びかけながら質問や課題についての確認をしています。ところが、後方にいる方には、「はい、そこの方」「そちらの後ろの方」というように声をかけています。私は、このどちらにも違和感を覚えていました。昼食の際に私は質問をしました。

     :Aさん、なぜ受講生を〇〇くん、と「くんづけ」で呼ぶのですか?
Aさん:それは、親近感を持ってほしいので、それを示しているんですが…、おかしいですか?
     : おかしいかどうかは別にして、私には違和感がありますよ。それは、今回の受講生が入社3年から5年くらいの若手・中堅社員だからですか。あなたと同年代の管理職の方でも、「〇〇くん」と呼びますか?
Aさん:それは…??

と言って口ごもってしまいましたが、更に、

Aさん:親近感を示すことはいけないことですか?
    :親近感を示すことが悪いとは言わないけれど、相手によって、「〇〇くん」と「〇〇さん」と呼ぶことでどのように親近感が変わるんですか。親近感を示すというなら、後方の席にいる方には、何で「はい、そこの方」「そちらの後ろの方」と呼ぶんですか。親近感を示したくない相手ということでしょうか?
Aさん:そんなことはありませんが…。全員の名前まではわからないので…。

この話はここで終わりましたが、私はAさんの受講生に対する呼び方とともに、講師としての中途半端な考え方に違和感を持ちました。

 そんな私の考えには原体験があります。このコラムに時々登場している名艦長K2佐(当時)のことですが、K2佐が護衛艦「あきづき」艦長として着任後初めて出港した際のことです。造船所での修理直後のため、個艦での訓練なのでのんびりしたところもありましたが、横須賀出港後浦賀水道航路を抜けてひと段落した、という雰囲気の中でのことでした。艦橋で当直(副直士官)の私を艦長が呼ばれ、小声で「おい、あのマイクの横に立っている彼はなんという名前だっけ…?」と聞かれました。教育隊での新隊員教育を終わったばかりで1週間ほど前に新人隊員が30数名乗り組んできたところで、あちこちで大きな声が響いている中での出来事でした。聞かれた者は私の部下ではないので私が知らなくても良かったことではあるのですが、新乗艦者の共通教育に携わっていたこともあって、私は彼の名前を知っていたのです。私が、「あれはF2士です」と答えたところ、艦長は、私の顔をまじまじと見て、「おまえ、よく知っているな…!」と驚いた様子を見せてくれるとともに、艦長の座っている椅子(ソファのようなもの)の上から大きな声で、「F2士」と彼の名前を階級とともに呼んだのでした。

 近くにいたベテラン士長や海曹(下士官)たちも驚きましたが、一番驚いたのは名前を呼ばれた当のF2士だったと思います。緊張感満載の顔で当直海曹に背中を押されて艦長の前まで進み出たF2士に、艦長K2佐は、「どうだ、艦は楽しいかい…?」と聞くのです。緊張したF2士は直立不動のままで、ただ、「はい…」と答えるだけなのですが、艦長は、「すまんが、下に行ってコーヒーを一杯持ってくるように言ってくれないかな」というのです。「はい」と答えたものの戸惑っているF2士に、当直海曹が、目で「行ってこい」と合図をしたのが私にもわかりました。F2士は脱兎のごとくラッタルを降りて行きました。コーヒー一杯くらいなら、私か当直海曹に指示をすれば、電話一本で済むことなのですが、艦長はわざわざ乗艦したばかりのF2士に、わざわざ彼の名前を呼んで依頼したのです。コーヒーはすぐに下から士官室係のベテランM士長によって届けられましたが、ここでも艦長は、「M士長、ありがとう、相変わらず元気いいな…!」と声をかけるのです。こんな何気ない日常の風景のように見えることの中で、私には、部下に対する関心の示し方を見せてもらったような気がしたものでした、事実、士官室係のM士長は当然ながら、乗艦したばかりのF2士にとっても、艦長は単に上司、上官という立場だけではなく、自分の名前を呼んで直接言葉をかけてくれた艦の仲間であり、信頼する相手となっていることがその後の経過を通して肌で感じられることとなりました。

 みなさんは、「リーダーシップ」という本はたくさん読まれていると思いますが、「アメリカ海軍士官候補生読本」という副題で出されている書物をご存じでしょうか。アナポリスにある米国の海軍兵学校(士官学校)の生徒のためのリーダーシップ教科書というべきもので、日本でも広く読まれているものです。その中に「部下を名前で呼ぶ能力」という項に書かれていることも、このK2佐が何気なくやっているように見せていることの本質を表しているものと思っています。

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