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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第72回:走錨(関西空港連絡橋の事故に思う)

※弊社のメルマガに以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、
20年前に書いたものではなく、退職後27年を経過してしまいましたが、
現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、
今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしております。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。
「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、
主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいります
のであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

 今年9月上旬、台風21号が猛威をふるった近畿地方では大きな被害が出たことは、みなさま新聞や各種のニュースでご承知のことと思います。自動車がおもちゃのように飛んでしまったり、家屋の屋根が飛んで、他の住宅に被害を及ぼしたりなど想定外のことも多かったようですが、もと船(艦)乗りであった私の関心は、関西空港の連絡橋に小型のタンカーが衝突したことでした。報道によれば、タンカーは関西空港に燃料を陸揚げした後空港を離れたようですが、台風の接近のため、近くの海域に錨を打って仮泊していたとのことでした。通常、空港から5.5キロ以内には停泊しないことが求められていたとのことですが、1.5キロ圏内に停泊していたようです。後日の分析では、1.5キロ圏内に20数隻が停泊していたとのことだったようです。この事故が関西空港の被害とその後の復旧に大きな影響を与えたことは間違いのないことと思われますが、その原因が「走錨」であったという報道があったことを覚えておられますか。走錨、錨が走ると書くのですが、何のことがおわかりになるでしょうか。まさに読んで字のごとく、船を固定しているはずの錨が、把駐力の限界を超えて海底を走り出してしまうことです。走錨するということは、錨だけの問題ではなく、錨に引きずられてその船(艦)が意に反して海上を走ってしまい制御が効かなくなるという大変危険なことなのです。船(艦)に乗っていると錨を降ろして停泊をすることは良くあることですが、その際に、考慮することの第一は、走錨せずに安全に停泊できるかどうかということです。通常、風の強くないときでも潮の流れなどもあり、走錨の兆候には常に気を配っており、艦橋では一定間隔で船(艦)の位置を確認して、移動していないことを確かめながら停泊しているものです。

 ところで、錨の把駐力ってわかりますか。錨が海底にあって海面の船(艦)が移動しないように留めておくのに必要な力のことです。錨がどのような形をしているか、みなさんにもイメージできると思いますが、もともと錨は海底に降りて、その爪の部分が海底の砂や泥に食い込むことで生じる把駐力で、船を海面の一定の所にとどめておくと言われていました。しかし、東京商船大学(現東京海洋大学)での研究では、海底に降りた錨の爪が海底に食い込んでいることはあまりなく、錨が海底の砂地や泥の上に横たわっているだけのことが多かったとのことでした。そのため、把駐力といわれるもののほとんどは、錨の重量とそれを海底に伸ばしている錨鎖の重量により得られているということなのです。通常の基準であれば、推進Dmとすれば、錨とともに伸ばす錨鎖は3D+90mという算式で計算できます。水深20mのところに錨を入れる場合には、錨鎖の長さは150mとなります。錨鎖1節は25mなので、6節分の錨鎖を出して投錨するのです。もちろん、これはひとつの基準であるだけで、その時の風の強さや底質などによって増加させることになるのですが。現代の護衛艦(一般の商船でも)では、水深は音を用いた測深儀により自動的に計測はされるのですが、投錨に当たっては、投錨位置に近づきながら艦の前部で測鉛という鉛でできた台形(柱状)のものを索につけた状態で海中に投下して、実際の水深を図るとともに、測鉛の底面に塗られた油に海底の泥等を付着させて、底質も確認するのです。それを艦の前部甲板から大声で艦橋に聞こえるように発する隊員の声音と抑揚には、それはそれは前時代的とも思える光景を見ることができるのですが。

 天候が急変したときに錨を巻き上げて出港しようとしても、それなりには時間がかかることもあり、また、荒天時には、錨と錨鎖が海底を引きずっているため、ウィンドラス(揚錨機)では引き上げられなくなることもあるため、必ず捨錨(しゃびょう)の準備をすることが通常の手順となっています。「捨錨」また新しい言葉が出てきましたが、こちらも読んで字のごとく、錨を捨てるのです。万が一、走錨の兆候があれば、いつでも海底に降ろしている錨を甲板上の錨鎖(くさり)の継ぎ目のところから切り離して海に捨てて出港、広い洋上において台風による強い風を避けるものです。その際には、接続部分のピンを外してハンマーで叩くだけで錨鎖は切り離されて海中に落ちていくのです。錨を捨てて良いのか、という疑問も生じると思いますが、もちろん捨てた錨にはその錨鎖の端末にブイをつけておき、天候回復後に拾いにくるのです。ちゃんと拾うんですよ。私自身、訓練として捨錨を実施したことは何度もありますが、実際の状況で行ったことはありませんでしたが、それは船(艦)乗りとしては幸いであったことと思っております。

 現場で何が起きていたのかについては、当事者にしかわからないことであり、今回の事故を起こしたタンカーが捨錨の手順を踏んでいたのか、エンジンをどのように準備していたのか、ということについて報道等では確認できませんが最善の努力をされていたことは間違いのないことと思われます。それでもこのような走錨の事象が起き、さまざまに影響を及ぼしてしまうことを考えれば、自然災害に対する準備には万全はないということをあらためて感じずにはいられないところです。

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