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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第81回:指揮官の判断、処置について

※弊社のメルマガに以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、20年前に書いたものではなく、退職後28年を経過してしまいましたが、現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしております。前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

  昭和57年、私が青森県の大湊(むつ市)で第32護衛隊司令のもとで隊勤務(隊付)として勤務していた時のことです。第32護衛隊に所属する護衛艦「おおい」が、宗谷海峡における監視行動に単独で派出されました。「おおい」の任務は、宗谷海峡周辺海域において、通航する対象国(主に当時のソ連、中国等)艦船の動向を監視するとともに情報収集を行うものです。現在の海上自衛隊のHPを見ても、その役割の中に「常続監視」として、次のことが書かれています。
「各種事態に際し、自衛隊が迅速に対応するためには、平素から領海・領空とその周辺を常時警戒監視し、情報の収集・処理にあたることが極めて重要です。
 このため、海上自衛隊は平素から哨戒機(P-3C)などにより航行する船舶などの状況を監視するほか、ミサイル発射に対する監視など護衛艦・航空機を柔軟に運用して周辺海域における警戒監視活動を行っています。また、我が国の領水内で潜没航行する外国潜水艦や武装工作船などへの対処能力の維持・向上を図っています。」
 
 大湊港を出港してから数日経過した日の夕刻、「おおい」艦長から1通の電報が入りました。
「急病人発生、任務を一時離れて稚内港に入港してよろしいか」という内容でした。「おおい」に対する編成上の指揮権は私の上司である第32護衛隊司令にあるのですが、宗谷海峡における監視行動というのは、更に上位の指揮官である大湊地方総監(以下、「総監」といいます)の直接指揮のもとに行われるものなのです。このため、「おおい」艦長の電報は総監宛に送られたものであり、隊司令は受報者(わかりやすく言えばCC)であったのです。
 電報を見た時点で私は、もちろん隊司令K1佐も、「まずい……」と思いましたが、20分ほど待ってみましたが、総監から何の指示もありません。大湊地方総監部の担当幕僚に電話で確認をしてみましたが確たる回答は得られません。当日、総監は商工会議所主催の会合があり、すでに総監部を後にしており、担当幕僚からは、総監の口から「何ら指示する必要なし」という言葉を残して出ていかれた、という情報だけを聞くことができました。隊司令も悩まれたところでしたが、急病人という状況もあり、黙って見ているわけにもいかず、権限外ではあるものの、「病人を稚内港にて退艦、医療機関に収容させ、速やかに任務に復帰せよ」という命令を発信しようとして、私にその電報を起案させました。それを総監が出席している会合の会場まで持っていき、発信の許可を得てくるように私に指示をしました。私は制服のままで電報起案用紙をカバンの奥にしまい、むつ市内にあるホテルまで車で出かけました。しかし、総監にお会いすることはできずに帰ったため、司令も大きなリスクを感じつつも独断でその命令を発信したのです。

 この事例においては、総監から2人の指揮官の判断、処置が問われていました。「おおい」艦長については、「指揮官(艦長)が明確に自己の意思(意図)を示さずに、上位指揮官に指示を求めてくるとは何事か」ということであったのです。今回の場合は、「急病人発生、衛生員による処置不能と認められる。現任務を一時中断、稚内港に向かい病人を退艦させ医療機関に収容する。所要時間〇時間〇〇分の見込み、〇〇〇〇に元の任務に復帰する」という報告をするとともに、速やかに行動を起こすということなのです。現場のことは現場の指揮官が最も良くわかる(現場のことは現場にしかわからない)ということなのです。指揮官は自らの判断で行動し、その意図、状況を含めて適切に報告する。そして、上級指揮官は、その判断、処置に異議がある時は、「第14回:  CONTROL BY NEGATIONとCOMMAND OVERRIDE 」で述べたように、それぞれに応じた対処をすることなのです。一方、独断で自己の権限を超えた命令を発した隊司令については、指揮権を超えた命令発信とともに日頃の艦長教育不徹底ということは問われたことと思いますが、自らの意思で判断、処置をしたことに対しては、少なくともマイナスではなかったようでした。 

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