第45回:出船の精神 « 個人を本気にさせる研修ならイコア

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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第45回:出船の精神

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、以前に書いたもの
ではなく、海上自衛隊退官後22年を経過してしまいましたが、現在の私が思い
起こし感じていることを書かせていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、
などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤務雑感」という副題
も、あえてそのままとさせていただきます。むろん、艦隊勤務を本望として20年間
生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」が
ごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話
を進めたいと思っております。

 

●出船の精神
時々、お客様の工場や研修所などを訪問した際に、靴をスリッパに履き替える場所で、
靴入れのロッカー等の前に「靴は入船、スリッパは出船」などと書かれているのを目に
したことがありませんか。四面を海に囲まれた日本には、船乗り言葉の名残といった
ものが多くあるということなのですが、この「出船、入船」もそのひとつであろうと
思っています。これを用いた「出船の精神」は、海上自衛隊では良く言われる
ことなのですが、みなさんはご存知でしょうか。私も上手に説明ができないので、
ここでは、海上自衛隊幹部候補生学校のホームページから引用させていただきます。

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「艦船が港にある場合、舳先(へさき:船首)を港口に向けている状態を
出船(でふね)と言い、いざ出港というときには直ちに出港することができます。
逆に艫(とも:船尾)を港口に向けている状態を入船(いりふね)と言い、
岸壁を離れた後いったん方向変換をする必要があります。時間的な余裕があるとき
はいいのですが、緊急の場合にはそれだけ時間を無駄にすることとなります。これは
他の事柄についても言えることです。特に、艦船や航空機の運航においては、何かが
必要になるとき、通常それは直ちに使用する必要があるということであり、そのためには
あらゆるものがすぐ使える状態で置いてあることが望ましいのです。‥‥‥‥。」
(以上、海上自衛隊幹部候補生学校HPより抜粋)
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しかし、実際にはこの「出船」「入船」の意味が逆になっている場合が見られます。
いつでも出港できそうに見える「出船」の状態、すなわち、艦首(舳先)を
港口に向けた状態では、艦は自力での出港は困難であり、艦首、艦尾を曳船
(タグボート)によって引き出し、岸壁との距離を大きく取ってから動き出す
必要があるのです。反対に「入船」の状態、すなわち、艦尾を港口に向けて
いると曳船なしでも自力で出港ができるのです。これは実際に乗組員であった方で
ないとわかりにくいことでもあり、また、当日の天候等の状況にもよりますが、わかりやすく
言うと、自動車がバックで車庫から出ることはできるが、前進では出られないということ
なのです。艦が岸壁を離れて前進をしようとすると、先に説明したように曳船を使って
少しでも岸壁から離して、風や潮の流れの影響で岸壁と接触しないようにしてから
前進することになります。しかし、艦尾を港口に向けていると(自動車のバックの
状態であれば)、艦首を岸壁に繋いでいる舫い(索)を絞って(詰めて)
いき、他の舫いを少しずつ緩めてやることで艦尾を岸壁から離していきます。
風や潮の影響さえ大きくなければ、曳船の支援がなくとも岸壁に接触することなしに、
そのまま港内の広い水域まで自力でバックしていくことができるのです。

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(A)一般的に言う出船で停泊
(B)Aの反対向きに陸に艦首を向けて停泊(一般的な入船)
(C)出港しようとすると、曳船(タグボート)で前後を曳かないと出港できない
(D)曳船なしでも、艦首の係留策を絞る(詰める)ことで、自力で港を離れることができる

 

JR横須賀駅を出ると海上自衛隊の護衛艦や米海軍の艦艇が停泊している姿を
見ることができますが、ほとんどの艦は、「出船の精神」よろしく、いつでも出港
できるように見える態勢で港口に艦首を向けて停泊しています。私の現役時代、
少なくとも呉(広島)や大湊(青森県むつ市)の港では、「入船」の状態、
すなわち、艦尾を港口に向けて停泊するのが当り前でした。横須賀のように港内に
広い水域があれば入港時にそこで艦を回して「出船」にできるのですが、呉や大湊
では港そのものが狭いため、「入船」で入港していたものと思われます。しかし、
先に書いたようにそれこそが本来の「出船の精神」であったのですが。見た目の
「出船」の形である横須賀の状況について、若い頃の私は疑問を持ちました。
上司にこの話をして、「このような停泊の形態は見栄えは良いと思いますが、
本来の『出船の精神』に反するのではないですか」と質問をしたことがあります。
その際に上司が教えてくれたのは次のようなものでした。
「自衛隊はいざという時に実力を発揮することが第一だが、平時から国民に
安心感を持たせることも大事なことだ。『何かあれば速やかに出港することが
できます』ということを姿勢として、形として示すことも大切なことだ。特にここ
横須賀は海上自衛隊にとって象徴的な場所でもあり、実行上は本来の
『出船の精神』に反するのはそのとおりだが、これはな‥‥!」
と言って更に次のように言われました。
「横須賀警備隊司令(曳船の運用責任を負っている部隊指揮官)あるいは、
その上位指揮官である横須賀地方総監が、『どのような状況にあっても部隊が
迅速に出港することを支援する』という自負と責任を示していることなのだ」
とはいえ、昨今のように護衛艦そのものが大型化して、5000トン、8000トン、
10000トン超などという艦では、どちらにしても曳船を使って出港するのが当たり前に
なっているとは思いますが、若輩の私にとっては、海上自衛隊というものの、
いや自衛隊の存在の意味を考えることになった貴重な一言でもありました。
やはり「何事も先達(せんだつ)はあらまほしきかな」であります。

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