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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第50回:弾着観測実施できず

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、以前に書いたもの
ではなく、海上自衛隊退官後23年を経過してしまいましたが、現在の私が思い
起こし感じていることを書かせていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、
などという企みをしました。
前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図
というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤務雑感」という副題
も、あえてそのままとさせていただきます。むろん、艦隊勤務を本望として20年間
生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」が
ごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話
を進めたいと思っております。

***

青森県の大湊で第32護衛隊隊勤務のときのことです。年度末に近い時期であったので、
2月頃であったと記憶しています。第32護衛隊3隻のうちの1隻である「きたかみ」において、
これまで天候不良などが続いており、年間に消費すべき弾薬が消費しきれずに余って
しまうという報告がありました。その昔、自衛隊を揶揄した川柳に「たまに撃つ、たまが
ないのがたまにきず」といったものがありましたが、北国の部隊では反対に、撃ちたくても
標的を曳航してくれる支援部隊に恵まれない、ということがありました。機動部隊である
護衛艦隊各部隊では、横須賀や佐世保などから支援船が標的を曳航してくれる機会も多く、
弾薬が余るなどということはなかったと思いますが、地方の部隊では時々あることなのです。
自隊の護衛艦で標的を曳いて出港し、互いに引っ張り合って訓練するなどということも行って
いましたが、いざ射撃海面まで行ってみると、天候不良のため実施できないこともありました。
実弾射撃のためには、付近を航行する船舶に対する事前の告示が必要なため訓練期間も
限定されてしまい、弾を撃てないままにすごすご引き返すということも何度かありました。

その時は、射撃訓練のために出港することは可能であったし、海面の告示もすでに実施
してあり「きたかみ」が弾を撃つことは可能だったのですが、曳航標的が修理中ということで
大湊にはありませんでした。前月の護衛艦隊の部隊の訓練で、命中弾が多く、大がかりな
修理が必要になったとのことでした。また、標的があったとしても自隊の「いしかり」は修理に
入っており、「おおい」は別の目的で行動中であって標的を曳航する艦もありませんでした。
隊付(たいづき、私はそう呼ばれていました)としては、それでも隷下部隊の「きたかみ」に
射撃訓練の機会を提供しなければなりません。私は、「きたかみ」砲雷長W1尉に自前での
標的製作を依頼しました。竹竿を使って標的を作ることは可能であり、それに、ブリキ板か
アルミ板でもつけ、観測用の風船でもつければ、7000ヤードや8000ヤード離れても見えるはず
です。ところがW1尉からは、「標的が見えて射撃ができたとしても、弾着観測ができなければ
射撃をしてはいけないことになっている」というのです。弾着観測とは、発射された砲弾が
標的に当たったか当たらなかったのか、その成果を確認することです。それはそうです、
成果の確認ができない訓練など許されるはずはありません。通常では、標的を曳航している
支援船や僚艦から観測(計測)をしてもらい成績判定をするのですが、今回は曳航してくれる
相手がないのは先に書いたとおりです。そこで、過去の他部隊での情報を集めるとともに、
ない頭を絞りに絞ってみました。すると、数年前に横須賀において対潜ヘリコプターを使って
弾着観測をしたという記録が見つかったのです。資料を入手してその部隊に電話をしてみたの
ですが、当時のことを知る人はみな異動しており実体がわかりません。私は自分の短い経験の
中で考えられることで知恵を絞って、ヘリにとっても安全で効果的に観測のできる方法を考えて
みました。その案を上司である隊司令に報告をしましたが、隊司令も半信半疑で非常に
心配そうな顔をしています。何度も「本当に大丈夫なのか?」と尋ねられましたが、論理的な
思考を大事にする隊司令に対して、できるだけ論理的に数値を持って説明をし、とうとう実施
許可を取り付けることができました。私はその案を持って大湊航空隊(ヘリ部隊)の
訓練幕僚I1尉のところに行きました。航空学生出身の温厚で優しいI1尉です。

I1尉:「おい隊付、俺はこれまでおまえの頼みは何でも聞いてきたよな、そうだよな。
でも‥‥、これだけはやめてくれ、これだけは断るしかない」というものでした。
私は、この案がいかに安全で確実なものであるのかを一生懸命説明しましたが、
I1尉:「俺は訓練幕僚の立場で、うちの搭乗員に実弾の下をくぐれとは言えないぞ‥‥」
私:「‥‥‥‥、‥‥?」

誰も実弾の下をくぐれとは言っていませんし、弾はヘリのはるか下を通って標的に向かうし、
ヘリの位置は射界制限区域にあるのですが、それを何度お伝えしても、「だめだ」「だめだ」の
繰り返しでした。私も仕方なく一度艦に戻り隊司令に報告をしました。すると隊司令は、
「わかった、それもそうだよな、この際トップダウンしかないだろう」と言って出かけようとします。

私:「大空(大湊航空隊のこと)司令に掛け合っても駄目です、訓練幕僚が報告したら
怒鳴られたと言ってましたから‥‥」
隊司令:「大空司令じゃないよ、総監のところへ行くからついて来い」
と言うではないですか。総監とは大湊地方総監のことであり、大湊地方隊のトップ、
いわば、取締役北海道・東北支社長とでもいうべき方で、当時非常に厳しいことで有名で
あったY海将なのです。私は、慌てましたが、自分の言い出したことでもあり、やりたい気持ちは
十分過ぎるほどですので、隊司令についていきました。総監室で隊司令と一緒に私の案を
熱心に説明しました。すると、

総監:「おい、隊付、これで安全にできるんだな‥‥?」
私:「はい、もちろんです」
総監:「よし、それならやってみろ、大空には俺から話しておく」
と言われるではないですか。それも、いともあっさりにです。早速訓練計画の作成を始めると
同時に、「きたかみ」に標的の製作を指示して準備に入りました。大湊航空隊のI1尉に
電話で細部の調整をしましたが、いつもの優しいI1尉が、どこか冷たい対応をしてくれました。
それでも、総監の了解に基づいているため航空隊としても協力せざるを得ないので、
その準備は確実にやってくれました。前日に「きたかみ」は大湊を出港して津軽海峡西口を出て
日本海の訓練海面に向かいました。当日は天候も良く、順調な射撃訓練が実施できそうです。

予定時刻になってヘリが訓練海面に到着してチェックインをしてみると、
何とその機は、機長資格を取得したばかりのわが同期Y2尉が操縦するものでした。
後で聞いた話ですが、大湊航空隊の中では誰が行くかということが重大問題になったそうです。
結局「おまえの同期が言い出したことだから、同期が責任とるんだよな」といって彼にお鉢が
回ってきたとのことでした。副操縦士とセンサーマンはいい迷惑だったかと思われます。
訓練は順調に経過し、見た目にはかなり命中弾も多かったようであり、「きたかみ」艦内に
おいても、「隊付のおかげで射撃ができたよ」とか、「ヘリの弾着観測とは誰も思いつかない
ですよね」などと賞賛の言葉が飛び交っていました。私もすっかり良い気持ちになって、
他の訓練を消化しつつ翌々日に大湊に帰投しました。入港すると大湊航空隊のI1尉から
電話が入り、「隊付、可能ならすぐにきてもらいたい、撮影したテープを渡すから‥‥」。
いつもの優しい声に戻っていましたが、その声にどこか影が感じられたのです。
私は喜んで車に飛び乗り大湊航空隊に向かいました。到着するとI1尉が待ち構えていて、
テープを再生できる会議室に招じ入れてくれました。再生されたビデオを見ると、海面に弾着の
水柱がはっきりと確認できます。次々に上がる水柱に、私は「やったー」という気持ちで
いっぱいでした。

私:「ちゃんと撮影できてるじゃないですか、ありがとうございました」
I1尉:「そうなんだけど‥‥、大変申し訳ないが、何度見ても、画面の輝度を変えて見ても
標的を確認できないんだよ‥‥、安物の器材で申し訳ない」
私:「‥‥‥‥、‥‥‥‥?」
I1尉:「俺もいろいろ言ったけど、やってみて安全にできることもわかったし、折角協力した
ので成果を確認したいと思って、何人もかかって何度も見直したけれど、どうしても
確認できない、本当に申し訳ない。」
私:「と、とんでも‥‥、ありません‥‥」
  「本当にありがとうございました、勝手に動いてしまいご迷惑をおかけしてしまい、
申し訳ありませんでした」
といって、撮影されたテープをもらって艦に帰り、事の顛末を隊司令に報告するとともに、
「きたかみ」砲雷長にもテープを渡して見てもらいましたが、やはり標的は確認できません
でした。射撃結果を集計、分析をする第1術科学校長あてに送られた「成果不明の
射撃実施報告」に対しては、厳しい注意の言葉が書き並べられた所見が送り返されてきました。
「以後、成果確認のできない射撃訓練を実施しないよう厳重に注意する」といったようなもので
あったと記憶しております。結果として、射撃成果の取得、分析という面においては大失敗の
ことではありましたが、「きたかみ」は取り敢えず所定の弾数を発射して訓練ができたこと
でもあり、私にとっては何物にも代えがたい貴重な経験となったことは
言うまでもありませんでした。

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