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紺野真理の「海軍におけるマネジメント」(艦隊勤務雑感)
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第83回:小さな兆候(ギャップ)から感じること

※弊社のメルマガに以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を復刻版で載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、20年前に書いたものではなく、退職後28年を経過してしまいましたが、現在の私が思い起こし感じていることを書かせていただき、今後のメルマガに掲載させていただこう、などという企みをしております。前回のものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きしたことを、特に明確な意図というものはなく、何とはなしに書いてみたいと思います。「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、主に艦(「ふね」と読んでください。以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

私の仕事の話で恐縮ですが、さまざまな学習のテーマがある中でも、マネジメント層や中堅社員層の方々の研修において、その題目として取り上げられるものに「問題解決」というものがあります。まずは、問題の定義から始まります。「問題とは……」という質問に対して、ちょっと勉強している人にとっては当たり前のことですが、日常の業務に追われてそのようなことを考えていない人には意外と難しい題目のようでもあります。みなさんはすでにご承知のことと思いますが、「問題とは、あるべき姿(あるいは目標)と現実の状況(現状)とのあいだにあるギャップ、ズレ、違い」というのが一般的な考え方として語られることが多いと思います。そのギャップの捉え方についてもいろいろあります。明らかに大きなギャップ、例えば工場や工事の現場で事故が起きたり、操業中の機械が停まってしまったりする、といったことはこの大きなギャップが生じたということですよね。では、小さなギャップとはどうでしょうか。これが、なかなか難しいものです。ある人には見えて、感じられても、別の人には見えない、感じられないもの、というのはよくある話です。それを感じることができるのがベテランと言われる人であり、感じることができないのは新米ということになるのが通り相場というところでしょうか。とはいえ、この反対ということもあり、ベテランだといつも見慣れた状況が新人には違和感があるといったこともあるとは思いますが。

 それは、私が呉の第22護衛隊「なつぐも」航海長のときのことです。夏から秋にかけて涼しくなってきた時期だった記憶があるので、「第78回『まだ産まれないのか』の前の時期であったことと思われます。2ヶ月間の長期行動中であり、訓練の中に身も心もどっぷりとつかっていた時のことなのです。私が艦橋での当直を終えて士官室に戻ろうとして、艦内の上甲板直下の通路を歩いていると、前から来たベテランの運用員長S1曹と出会いました。S1曹は、私の顔を見るなり、「航海長、ちょっといいですか」といって私の右腕をつかんで私の横に立つのです。私は、「どうしたの……?」と聞いたのですが、S1曹は私の腕をつかんだまま、天井にある配管、配線類に目を凝らすようして、口元に人差し指を当て、「良く聴いてください」というのです。「なつぐも」はディーゼル推進の護衛艦ですから、エンジンルームより上にあるその場所でも、エンジン音と振動はかなりの程度伝わってきます。しかし、S1曹はそのまま耳をそばだてるようにして、「航海長、何か聞こえないですか……?」と言います。

私もあまり自信はないものの、S1曹の動きにつられて耳を凝らしてみましたが、良くわかりません。そうして2人で4、5分そこに立っていたことと思いますが、S1曹が、「ほら……」「ほら……」と私の目を見ながら、次いで上を見上げます。私も何だか真剣になって聴いていると、そのうちに、天井の方から、「ギィ」「ギィ」、「ギィ」「ギィ」というかすかな音が耳に届いてきました。

「本当だね、何だろうあの音は?」と言うと、S1曹は、「私は今朝から気になっていたのですが、聞こえたり、聞こえなかったり、場所がここであったり、後部でもあったりで、あまり自信がなくて」「でも、今航海長の顔を見て、今しかないと思って呼び止めたんです」と言ってくれました。S1曹は、「この天井の上を見たいのですが、配管周りを全部はがして見ていいですかね」と言うのです。

S1曹は、正式な職名は運用員長といい、護衛艦の船体関連の実務の責任者です。艦内では通称「掌帆長」(しょうはんちょう)と呼ばれ、艦内の船体に関わる全てのことをわかっている存在です。みなさん、面白くないですか。今でも海上自衛隊の護衛艦では最新鋭のイージス艦でも、「掌帆長」と呼ばれていると思います。帆船時代の名残なのでしょうね、帆を掌るんですから。英語で言うならBoatswainであり、商戦では甲板長というのでしょうか。以後、私も実際そうしていたように、S1曹のことを掌帆長と呼ばせていただきます。

私は、「掌帆長、わかった、艦長に報告してくるから、作業を始めてください」と言って、すぐに艦長に報告しましたが、艦長K2佐(「まだ産まれないのか」のK2佐です)は怪訝な表情をされながらも、「ドック入りも近いから、全部はがしていいのでしっかり確認するように」と一歩踏み込んだ指示をしてくれました。現場に戻ってみると、既に掌帆長が5、6名の当直明けの者を集めて、脚立に立たせて少しずつ天井の周りをはがし始めていました。と簡単に言ってみましたが、音がすると言ってもはっきりしたものではないので、どこをはがしたらよいのか迷いながらの作業です。また、みなさん簡単に「脚立に載って」と思っているかもしれませんが、その日の海は多少穏やかだったといっても、それなりの速力で走る護衛艦ですからローリング(横揺れ)はもとより、多少のピッチング(縦揺れ)もあり、脚立は最低でも1名、更には2名以上で押さえていなければ、上に人が載って作業はできないのです。それでも掌帆長の鋭い感覚を頼りに1時間くらいかかけてその近傍の天井周りがはがされ、上甲板の裏側部分が見えてきて驚きました。

護衛艦の甲板と言うのは比較的厚い板でできており、その下側に(上甲板から見ると裏側に)ロンジ材と呼ばれるL字型の補強材が、艦首から艦尾にかけ、一定の間隔でつけられています。通常、船が沈没するというのは、波浪の影響により甲板の強度が保たれずに破壊されることによって起こることがほとんどだと言われています。昔々、私が高校生の頃ですから昭和45~46年ころであったと思いますが、房総半島南端の野島崎沖の海面で、1年間に4~5隻の大型の鉱石専用船や貨物船が沈没したことがあり話題になったことがあります。それらもほとんどが、あの海域特有の三角波による甲板の破損ということが言われていました。その時私が目にしたのは、その1本のロンジ材に、2か所、ないし3か所亀裂が入っていたのです。そうですよね、外洋では常に波長の長い波が発生しているので、浮力と重力の作用により艦首と艦尾が波の頂上に持ち上げられ中央が波の谷間に沈む状態を「サギング」、中央が持ち上げられる状態を「ホギング」といって、これを繰り返しながら航行しているのです。そのため甲板の強度というのは大変重要なものとなるのです。一応、私の防衛大学校時代の専攻は機械工学教室の中の「艦船構造及び設計」であり、卒業研究は「護衛艦の甲板強度の信頼性について」だったのですが。

 話を戻しましょう。そうです、その亀裂の部分が今述べたサギング、ホギングを繰り返すときにこすり合わされて音がしていたのです。ひとつのロンジ材で亀裂がいくつか見つかったのですから、すべてをはがしてみたらどんなことになっているかわかりません。「なつぐも」はそれから2か月後くらいにドック入りしてすべてのロンジ材と甲板の検査をしたのですが、予想したとおり、ある部分に集中していくつかのロンジ材に亀裂が入っていることが判明し、その補強工事を予定外に行いました。

 起こった状況に対する対処はそれでよかったのですが、私は、あのディーゼルエンジンの音と振動の中で、そんな小さな音を捉えて、それを問題と感じた掌帆長のベテランとしての感覚に敬意を表するとともに、自らの感性のありようについても考えさせられた経験でした。

ただし、これはもう時効になっていることですからよいと思いますが、防衛大学校における私たちの卒業研究においては、5種類のタイプの護衛艦について、その甲板強度の信頼性について、鉄板の初期不正の影響を加味して比較検討したのですが、研究結果の中で、発表資料等には敢えて入れてありませんが、「なつぐも」をはじめとするくも型護衛艦の強度(信頼性)には、他の型の護衛艦に比べてみると疑義するところがあったのは確かでした。同じみねぐも型のもう一隻の「むらくも」という護衛艦においては、後部のDASH飛行甲板(これは後ほどどこかで説明しましょう)を改造してASROCを搭載した際に、舷側にかなりの補強が施されてはいたものの、入港するたびに甲板上の水たまりの位置が変わっていると乗組員が首をかしげている光景を何度も見たものでした。研究発表が終わった後に、私たちの指導教官であった造船界では有名なM教授から次のような言葉を投げかけられたのを今でも印象深く覚えています。

 「船というのはそもそも経験的なところでその強度を規定しているところがある。今回の研究はそれを数値的に明確にすることが目的のひとつではあるが、くも型護衛艦の強度に問題ありということは、今後の様々な研究や実績の中で明らかにされることであって、この研究結果だけをもって私たちが云々することではない。これから海上自衛隊の幹部としてこのクラスの護衛艦に乗り組むこともある君たちに、そんなデータを確認させた上で乗せるのというのも酷といえば酷のようだが、これまで安全に航行して任務を果たしている護衛艦でもあり、不用意な発言をしないようにくれぐれも言っておくよ」というものでした。結果として「なつぐも」をはじめ、くも型の護衛艦9隻は、最後の「ゆうぐも」が2005年6月に退役するまで、大きな船体損傷にかかわる事故もなくその任務を全うして終わりました。「なつぐも」を退艦後、2年半後、私は防衛大学校の社会科学教室で国際関係論を勉強させていただく機会をいただき、その折にはM教授の研究室に何度もおうかがいして、親しくその件についても先生とお話しをすることができました。研究と現場での実証の両方を体験して、M先生と詳しい状況についてお話しをすることができたことについては、印象深く記憶に刻まれていることでもあります。

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