第32回:舵故障(実際) « 個人を本気にさせる研修ならイコア

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パートナーコラム 紺野真理の「海軍におけるマネジメント」
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第32回:舵故障(実際)

※以前書かせていただいた「海軍におけるマネジメント(艦隊勤務雑感)」を
復刻版としてメルマガに載せてみたところ、意外にもご好評をいただいたため、
退職後19年を経過した現在の私が当時を思い起こして感じていることを書かせて
いただきました。これまでのものと同様に、私のわずかな経験の中で見聞きした
ことを、特に明確な意図というものはなく、何となしに書いてみたいと思います。
「艦隊勤務雑感」という副題も、あえてそのままとさせていただきます。
むろん、艦隊勤務を本望として20年間生きてきた私のことであり、主に艦「ふね」
(以後「艦」と「船」がごちゃごちゃに出てまいりますのであしからず)や
海上自衛隊にまつわることでお話を進めたいと思っております。

今回は、日ごろの訓練の重要性とともに、訓練と実際との違いを認識した経験に
ついてお話したいと思います。私が海上自衛隊の護衛艦乗りとして最も尊敬するK2佐
(当時)が着任されて3ヵ月後くらいであったかと思います。私の乗艦していた護衛艦
「あきづき」(先代)は第1護衛隊群の群訓練に参加中、一時的に横須賀入校のため
東京湾に入ってきたところでの出来事でした。

当時3等海尉(少尉)であった私は、副直士官といって艦を動かす当直士官のアシス
タント的な立場で艦橋(ブリッジ)にいました。舵輪(当時の「あきづき」のものは
いかにも船の舵輪といった立派なものでした)を握っていた某3曹が「あれ・・・あれ・・・」
と声をあげました。前方を注視していた当直士官のT1尉(優秀かつ誠実で紳士的な私の
大好きなタイプの方ではありましたが、それまで艦隊勤務の経験が少なく、時に戸惑っ
ている様子も見られる状況にありました)が、「どうした?」と後ろを振向くと、
某3曹は「舵が動きません」と言っています。状況は舵輪の台座の取り付けビスが緩ん
ではみ出し、舵輪の回転するのを邪魔していたというだけのことなのですが、
その時には、当直士官と操舵員とで「あれ、あれ」「おかしいな・・・」とやっています。
艦は編隊を組んだまま浦賀水道航路に向けて日本一混雑すると言われる海域に差し掛か
っています。私自身も、「何だ?何だ?」と思っているだけで、何の措置もできません
でした。

それを見た艦長、すっと腰を下ろしていたブリッジの椅子から降り、おもむろに私に
向かって、「舵故障、応急操舵配置につけ」と一声発しました。その声には重みがあり
ました。私は、艦長の威厳ある姿勢と明確な命令(号令指示)を受け、そのまま当直
海曹に向かって、「舵故障、応急操舵配置につけ」と伝え、そのまま艦内には、
「舵故障、応急操舵配置につけ」という号令が響き渡りました。号令というのは一般の
指示、命令と異なり、その「号令」を受けた者がとる行動、動作というものが予め定め
られており、基本的な部隊行動は全て整斉とその「号令」どおりに動かしていくことが
できるわけです。応急操舵部署というのは、護衛艦の緊急部署のひとつで、舵が故障し
てブリッジで操舵ができなくなった時に、その原因や状況に応じて、艦尾にある舵の
横まで行って直接モーターにより、あるいは人力によりポンプを動かし舵を操作する
ことなのです。

結果として通常の訓練で行っているよりも早く、各部署から「○○応急操舵配置よし」
という報告が次々と上がってきます。そして、すぐに、「直接操舵用意よし」という
報告もあがり、直接舵を動かす操作ではあるものの、艦橋(ブリッジ)からの指令に
より思うように艦を動かすことができるようになりました。やはり、日ごろの訓練と
いうものがどれほど重要かということを感じながらも、それ以上に「舵故障」という
部署発動の号令(命令指示)が艦長の口からしか発せられなかったということに対して、
非常に大きな反省となりました。それはなぜかというと、艦を動かす当直士官、
副直士官(私)、舵輪を握っていた某3曹も、通常の訓練における舵故障の想定には、
「ビスが緩んで外れる引っかかる」などというものがなかったのです。
しかし、起こっていることの本質を考えれば、艦を操縦するための舵が意のままになら
ないということであり、速やかに「応急操舵部署」を発動すべきであったのです。
そのことをその場で判断して行動できたのは艦長だけであったということなんです。
号令に対して誰が何をするかという作業レベルのことには艦として極めて高いレベルを
示しながらも、いざというときの判断、意思決定というレベルでは、組織のトップで
ある艦長に頼らざるを得なかったということなのかもしれません。

まあ、言ってみればそれが艦長の役割とも言えないこともないのですが、私自身新米の
3等海尉(少尉)ではあったものの、その号令の口火を自分自身が切れなかったことが
非常に情けなく思ったものでした。

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